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		<title>example.com: Latest News</title>
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		<description>Latest news from example.com</description>
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		<lastBuildDate>Fri, 10 Feb 2012 15:18:00 +0100</lastBuildDate>
		
		
		<item>
			<title>復興支援の継続を表明</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/bekenntnis-zu-afghanistan.html</link>
			<description>国際社会は、戦闘部隊引き上げ後もアフガニスタン国民を支援し
続ける━━これが、先般ボンで開催されたアフガニスタン支援会議の中核的メッセージである。</description>
			<content:encoded><![CDATA[アフガニスタンの民間代表に選ばれたセライ・ガーファとバリー・サラームが前後して演壇に立ちスピーチを始めると、会議場は水を打ったように静まりかえった。これまでになかった光景である。いわば無名の女性と男性に、一段高いところにある議長席真向かいの著名人席が割り当てられ、会議の開幕時に長いスピーチタイムが与えられたのである。ふたりの代表者は、落ち着いた粘り強い口調で、アフガニスタン政府に対して良い統治と腐敗撲滅への徹底した取り組みを求め、国内の対立解消を進める際には重罪を犯した者に恩赦を与えないようにと、力を込めて訴えた。2011年12月5日にボンで開催された国際アフガニスタン会議「権限委譲から変革の10年へ(From Transition to the Transformation Decade)」での最も印象的な出来事のひとつであったこのスピーチは、会議に参加した85カ国の外相らと国連事務総長ら15の国際機関の代表、並びに多数のオブザーバー、報道関係者の心からの熱い拍手を浴びた。<br /><br /><br />ドイツは、アフガニスタン問題に関して国際的に卓越した役割を担っており、アフガニスタンに関するコンタクトグループの議長国、国連安全保障理事会におけるアフガン問題のまとめ役を務めている。また、国別で見て3番目に大きなアフガンへの部隊派遣国であり、復興支援国だ。タリバン政権崩壊後の01年12月初め、ボン近郊のペータースベルクで第一回アフガニスタン会議が開催され、同国の復興に向けた取り組みが開始された。その経緯から見ても、10年10月にリスボンで開かれたNATO首脳会議においてアフガニスタンのカルザイ大統領が、第一回会議から10年目に当たる会議を再びボンで開催し、同国の将来に関する国際社会の取り組みについて話し合うことをメルケル首相に提案したのは、意外ではなかった。周知のとおり2014年末までに国際戦闘部隊が撤退することになっており、アフガニスタンの安定的な発展の基盤を構築し、同国およびその周辺地域の平和と安全の維持に向け長期的に支援することが、国際社会に求められているのである。<br /><br /><br />今回の大規模な国際アフガニスタン会議の特徴としては、スムースに進展したことだけではなく、会議開催前に入念な準備作業が行われていたことを特筆しなければならない。ドイツ政府は、50カ国が参加する国際コンタクト・グループ（International contact groupe=ICG）の議長を務めるアフガニスタン問題担当特別代表のミハエル・シュタイナーに会議準備プロセスを主導させ、開催の何ヶ月も前からアフガン政府と緊密な意見調整を行いながら、コンセンサスを煮詰めていったのである。議題の設定と会議参加国ごとに異なる期待の調整が秀でていたため、会議前にすでに具体的な進歩が見られ、最終的に重要問題に関してはコンタクト・グループ50カ国とアフガニスタンとの間には完全な意見の一致が生まれていた。<br /><br /><br />また、今会議では、アフガニスタン市民を参加させることにも大きな努力が払われた。アフガン市民が「国際アフガニスタン会議」に直接出席し、アフガン政府とは独立の立場で自らの意見を広く公に表明できるようにすることが、狙いであった。その実現には、ドイツの4つの政治財団━━ハインリヒ・ベル財団（HBS）、フリードリヒ・エーベルト財団（FES）、コンラート・アデナウアー財団（KAS）、フリードリヒ・ナウマン財団（FNS）━━が大きく貢献した。HBSとFESは、現地アフガニスタンで、アフガニスタン独立人権委員会（AIHRC）がアレンジした対話プロセスを支援した。その結果、度重なる会議の末、国内34地域の代表者とテーマ別に組織された市民グループの代表者からなる代表団が誕生し、その代表団の手で市民社会の様ざまな意見を調整した「ポジションペーパー」が作成されたのである。代表団はドイツに渡り、KASが主催、FNSが共催を務めて、6ヶ月間に渡る長い対話・交渉プロセスのクライマックスを迎えた。「国際アフガニスタン会議」開催直前の11年12月2，3の両日ボンで、ドイツのヴェスターヴェレ外務大臣とアフガニスタンのザルメイ・ラスール外務大臣も出席して「アフガニスタン・市民社会フォーラム」が開かれたのである。そして、5日の「国際アフガニスタン会議」では、ふたりのアフガニスタン市民代表が、外務大臣と同等の資格でスピーチを行ったのだった。<br /><br /><br />今回のボン会議は、14年の権限委譲までの期間並びにその後の2015年から2024年までの「変革の10年間」に関して、国際社会とアフガニスタンは「相互に果たすべき義務を負う」ことが確認され閉幕した。国際社会はこの期間アフガン支援を続けていくが、アフガニスタン側は、民主主義、多元主義、現行憲法との結びつきを長期的に強め、カブール・プロセスに基づく改革の実施を政治的優先課題として一層強力に推進していかねばならない。また、アフガン国内の「平和と和解のプロセス」を促進するために、以下の7つの原則が定められた。すなわち、平和実現のプロセスは、1）アフガニスタン政府が主導し、2）全てのアフガン人の合法的権利と利益を認める包括的平和構築でなければならない。「平和と和解プロセス」は、3）独立し、安定で、分断することのできないアフガニスタンを確立するものでなければならず、4）暴力を放棄し、5）国際テロ組織との関係を断ち切り、6）アフガニスタンの憲法とそこに定められた人権、とりわけ女性の権利を尊重するものでなければならない。さらに、7）国内の各地域はこの平和・和解プロセスの結果を尊重し、かつ支持しなければならない。これらの原則はいまや、アフガニスタンとのコンセンスの元に成立した国際的なアフガニスタン国内平和プロセスの枠組みとなっている。///
<br />「国際アフガニスタン支援会議」に関する詳細な情報は下記をご覧ください。]]></content:encoded>
			<category>Internationale Zusammenarbeit</category>
			<category>11-4</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 11:43:00 +0100</pubDate>
			
		</item>
		
		<item>
			<title>「ヨーロッパは今後さらに一体性を増していく」</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/europa-wird-enger-zusammenwachsen.html</link>
			<description>ギド・ヴェスターヴェレ連邦外務大臣に、欧州連合（EU）の新しい財政安定化策、そして政治同盟への道について話を聞いた。</description>
			<content:encoded><![CDATA[1 大臣、EUは何カ月も前から財政問題の危機管理に追われていますが、長期的に有効な策がありますか。 <br />われわれは先般12月9日のEU首脳会議で、欧州連合を「安定同盟」に発展させることを決定しました。ほぼすべての加盟国が歳出削減や財政規律強化など、安定化に向けたルールを守ることを誓い、権限を強化された欧州委員会がその遵守を監督します。そしてルール違反に対しては介入を行う。これらの措置によって共通通貨への信頼を回復し、ユーロを持続的に安定させることが可能であると私は確信しています。 <br /><br /><br />2 安定化ルールに今後違反した加盟国に対しては、具体的にどのような措置がとられますか。それは実効性ある措置となりうるでしょうか。 <br />過剰財政赤字などのルール違反を犯した加盟国に対しては、自動的に制裁が発動されます。つまり欧州委員会の介入は、純粋客観的な基準に従って行われるということです。EU加盟諸国はそうしたメカニズムを受け入れることによって、時々の政治情勢や景気とは無関係に、断固として厳格な安定化路線を追求する決意を示しました。各国の憲法などに「債務ブレーキ」制度を明記することでも合意が得られていますので、新規債務は将来最小限に抑えられるようになります。こうしてわれわれは、独仏が共同で主張してきた「安定同盟」へと向かう決定的なステップを踏み出したわけです。<br /><br /><br />3 財政の安定化は中心課題のひとつであるとしても、同時にもうひとつの問題である加盟諸国の競争力をどうやって強化しますか。<br />単一通貨圏内で競争力を高めるには、効率化によって生産性を向上させる必要があります。ドイツも近年そうした方向で様ざまな改革を行ってきましたし、現在われわれが一部EUパートナー諸国よりも良い状況に置かれているのは、この改革に負うところが少なくないのです。.<br /><br /><br />4 危機はEUにどのような政治的チャンスをもたらすと思いますか。危機のなかで加盟国は結束を強めるのか、それとも逆にばらばらになっていくのでしょうか。<br />危機は欧州の一体性をさらに強化するチャンスでもあり、われわれはこの機会をぜひ活かさなければなりません。今回合意された財政・経済政策という中核領域における統合の強化は、ほかのあらゆる政治領域に波及効果をおよぼしますから、ヨーロッパは今後さらに一体性を増していくでしょう。 <br /><br /><br />5 EU首脳会議におけるイギリスの合意離脱以来、「中核国のヨーロッパ」とか「2速度の欧州」といった言葉が再び議論に上っています。これについてどのように考えますか。<br />イギリスがひと先ず、安定同盟への道をわれわれと共に歩まないというのは残念なことですが、だからといって残り26カ国は、統合深化への決意を挫かれてはなりません。肝心なのはイギリスに対して扉を閉ざすことなく、可能性を残しておくことです。われらがパートナーとして、いつでも安定同盟に寄与してもらいたいと思います。ドイツに劣らずイギリスの金融中枢は、ユーロの安定に依存しているのですから。将来も英国政府がEUのなかで積極的な役割を果たしていくだろうことに、私は疑いを抱いておりません。<br /><br /><br />6 大臣はこれまで繰り返し、EU基本条約改正についての「広く透明な議論」を求めてこられました。欧州統合というテーマが、あまりにも少数のエリートのものになりすぎたというのであれば、どうやってそれを修正しますか。<br />EUの将来について全ヨーロッパ的な議論を行うことを、私はとても重要だと考えています。そのために自分でできることを努めて実行したいと思い、ヨーロッパ各地を訪れるときには直接的な話し合いの機会を進んで求め、若い人たちを前に講演なども行っています。私たちはみな欧州統合の重要性を心に刻み、その進捗に積極的に貢献していかねばなりません。力を合わせる以外に、私たちがグローバル化の時代を生き延びる道はないからです。<br /><br /><br />7 ドイツの関心はヨーロッパのそれと同じではない、という印象を一部のひとたちは抱いているようです。この批判にどう答えますか。<br />より堅実なEUの財政・経済政策を望む立場において、ドイツは決して孤立してはいません。12月9日の首脳会議において、26のEU加盟国が安定同盟を目指すことで合意した事実を見ても、われわれの掲げる目標への幅広い支持は明らかです。 <br /><br /><br />8 ユーロ圏ではここ数カ月間に、ドイツ流の秩序政策的原則が確実に根を下ろしてきた感がありますが、それによってドイツがあまりにも教師面をしていると他国から見られる危険はありませんか。債務危機への対応によって、ドイツのイメージが損なわれるということは？<br />ドイツは欧州の筆頭経済大国として、EUに対して特別な責任をもっており、ユーロ危機のなかで、われわれはこの責任を積極的に引き受けてきました。そうした行動は、EUパートナー諸国のドイツに対する期待に沿うものです。またわれわれは行動に際して、つねに透明性を心がけ、26の全加盟国との共同作業を重んじていることを強調してきました。<br /><br /><br />9 目下の危機によって、欧州統合の理念が背景に退く怖れはありませんか。<br />私たちは危機のさなかにあっても、欧州統合がドイツ政治の導きの星であることを忘れてはなりません。開かれた国境、他に類を見ない魅力的な欧州的生活モデル、人々を惹きつけてやまない文化、ダイナミックに発展する経済、人々に希望を与える政治、そうしたものすべてを内包する政治同盟こそ、私たちが引き続き最終目標とするものです。この目標に向けて、全力を尽くさねばなりません。///]]></content:encoded>
			<category>Europäische Union</category>
			<category>11-4</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 11:35:00 +0100</pubDate>
			
		</item>
		
		<item>
			<title>安定をもたらすか欧州統合深化への決断</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/mehr-europa-mehr-stabilitaet.html</link>
			<description>過去最大の危機に立つ欧州連合（EU）は、債務の罠から自らを解放すべく、大きなターニングポイントとなる決断を下した。11年12月の首脳会議で、財政規律強化に向けた基本合意が成立し、その内容を明文化する新...</description>
			<content:encoded><![CDATA[ドイツから見た現在の状況は矛盾に満ちている。輸出は記録的な水準にあり、失業率もいつになく低下して、多くの技術系専門職では人材不足が深刻化するほどだというのに、2011年を支配したのは「危機」という言葉だった。クリスマス市の明かりに照らされた師走の街は、例年通りほのぼのとした雰囲気に包まれているにもかかわらず、ARD（ドイツ第１テレビ）の世論調査「ドイツトレンド」が12月8・9日のEU首脳会議直前に実施したアンケートによれば、危機はまだ峠を越えていないと考える回答者が84パーセンに上った。欧州債務危機はドイツ人を直撃はしていないものの、彼らは不安を募らせている。それでもパニックは起きていない。前世紀のハイパーインフレと通貨改革の記憶から、偏執的なまでに安定を志向することで知られる国民にあって、これは新しい現象である。何にせよ確かなのは、債務危機が近過去のいかなる出来事をも凌ぐ切実さをもって、欧州統合の意味をドイツ人、そして他のEU諸国の人々に意識させるようになったということだ。<br /><br />いま人々が理解し始めた欧州統合の意味の核心をなすのは、相互的な関係の絡み合い、そしてそこから帰結する依存関係である。アメリカのサブプライムローン問題を発端に08年以降世界に広がった金融経済危機に伴い、ギリシアなどのユーロ圏諸国で財政赤字が急拡大するなか、欧州市民たちは「相互依存」が具体的に何を意味するかを思い知らされることになった。周縁国の過剰財政赤字が、ユーロ圏中心部の金融システムを崩壊させうる脅威へと発展し、圏内経済全体の資金供給を危うくした。経済通貨同盟は本来、危機国救済のための債務肩代わり（いわゆるベイルアウト）を行わないものとして構想されていたにもかかわらず、ユーロ圏諸国は自己保身のためにも支援の手を差し伸べずにはいられなくなった。<br /><br />こうした状況下、欧州政治が直面させられたのは、存亡にかかわる困難きわまりない課題だった。ギリシアのような小国の財政破綻でさえも、共通通貨の信頼性を揺るがし、他の地域や分野へと連鎖的に影響をおよぼしかねない。しかも事態への対応はどれも、それがユーロ圏の安定要請その他の法的に規定された原則をなし崩しにすることのないよう、ひとつひとつ慎重に吟味されねばならなかった。EU首脳は当然、適切な答えを見出しあぐねた。共通通貨がこれほどの試練にあったことはかつてなかったし、政治に与えられた反応時間はつねに短く、必要とされる支援額も予想の何倍にも膨れ上がっていった。<br /><br /><br />構造改革のとき<br />EUによる初期の対策は、当面の危機的状況を乗り切るための緊急融資を行って、ギリシアが自国経済や行財政の構造問題を改革する時間を稼ぐことに向けられていた。しかし結局のところ、稼ぎ出された時間も提供された資金も、ギリシアの危機を打開し、その拡散を防ぐには十分でないことが明らかになっていく。2011年に開催された首脳会議はじつに８回に上ったが、債務危機を引き起こし拡大させた秩序政策的な問題点を正しく把握し、対処するにはそれだけの時間が必要だったのである。<br /><br />問題として認識されたのは、例えば次のような事情だ。共通通貨導入後のユーロ圏ではどの国も低金利で資金を調達できたことから、多くのユーロ諸国政府は、本来必要な構造改革を国内の強い反対に抗して進めるだけの強制を感じにくくなった。またEU財政安定・成長協定のメカニズムも弱体で、とりわけフランスとドイツが何年にもわたって制裁を受けることなく協定ルールに違反したことで、完全に画餅と化してしまった。危機発生後、包括的救済の条件として当事国に義務づけられた施策、およびそれに関連する首脳会議の合意内容は、高債務国内部の政治的抵抗のゆえに十分に実行されなかった。そして欧州中央銀行（ECB）も、法的に定められたその独立性と通貨価値の維持という使命に忠実であろうとする限り、散発的な介入以上のことをなしえなかった。<br /><br />危機への対応過程では、EU加盟国が一枚岩でないことも露呈していく。マーストリヒト条約は欧州通貨を全加盟国の共同プロジェクトと規定していたものの、イギリスとデンマークについては例外規定が認められたし、スウェーデンも通貨同盟参加のための基準を満たしながら、結局は統一通貨を導入しなかった。これらの国々はユーロ圏に属さない他の加盟国同様、債務危機克服のための協議に参加はしたが、それはおもに国際通貨基金（IMF）のメンバーとしての資格においてだった。危機国支援はフィンランドのポピュリズム政党の格好の選挙テーマとされ、スロバキアでは政権危機の引き金となった。ユーロ圏17カ国も2つの勢力に分かれ、一方はユーロ圏共同債（ユーロボンド）の発行や、より強力なECBによる国債市場介入が必要であると主張。これに対してドイツ、オランダ、オーストリアを中心とするもうひとつの陣営は、債務の共有化につながるこれらの手段を拒絶した。<br /><br /><br />膨れ上がった財政赤字<br />分裂したEU加盟国が、それでもなお大がかりな対策を打ち出す妥協点を見出すことができたのは、事態の展開から生じる大きな圧力があったためである。こうして10年5月には、欧州金融安定化のための暫定的な融資制度を設けることで合意が成立し、「欧州金融安定ファシリティー（EFSF）」が発足した。さらに11年7月には、恒久的な「欧州安定メカニズム（ESM）」の設置が決まる。民間金融機関が保有するギリシア国債の部分的な元利減免によって、危機の悪化に歯止めをかける試みも行われたが、期待されたような事態の鎮静化にはつながらなかった。もっとも、欧州政治の戦略転換の契機となったのはこの失敗ではなく、イタリアへの財政不安の飛び火――同国政府はブリュッセルの欧州連合理事会で約束した改革を、国内で実行に移す力を長期的に欠いているように見えた――だったと思われる。<br /><br />長引く危機は、ユーロ圏の国々が財政問題における形式的主権を事実上喪失してしまったことを示していた。08年に始まった世界金融経済危機の結果、ドイツも含むすべての国で財政赤字が大きく膨らみ、国家としての行動の自由を奪うことになった。ユーロ圏諸国が財政主権を回復するには、圏内の経済・構造・財政政策を共同化するしかない。欧州委員会が準備し、欧州連合理事会および欧州議会によって採択済みの経済ガバナンスに関する一括法案――各国議会における予算案成立に先立つEUレベルの審査や、ルール違反の厳正な処罰などによって、財政安定・成長協定の強化を狙う6つの法律からなる。通称「6点セット（Six-Pack）」――は、すでにそうした方向を指し示していた。そして11年9月、ついにドイツのアンゲラ・メルケル首相も、通貨同盟を「財政同盟」へと深化させる用意があること、そのためにEU基本条約改正を目指すことを宣言する。これを承けて準備された独仏共同提案が、11年12月8・9日のEU首脳会議における転回の基礎をなした。<br /><br />「債務ブレーキ」の国内法制化<br />それ以前の諸決定もむろん伏線をなしてはいたが、年末の首脳会議はEUに歴然たる変化をもたらした。欧州政治の主導権を手にするのがいまやユーロ圏諸国であることが、今回ほど明瞭になったことはなかった。ユーロ圏首脳会議議長（大統領）ヘルマン・ファンロンパイが、EU首脳会議議長（大統領）を兼務していることにも、それは象徴的に表れている。兼任はこのベルギーの政治家の任期満了後も維持されるだろう。定例化されることになったユーロ圏首脳会議は、当面月1回開催される予定だ。先のEU首脳会議ではESMの設置前倒しや、すべての国が「債務ブレーキ」を国内法制化することも合意された。さらには各国の予算案をEUレベルで事前審査する制度の法的拘束力を最大限高め、過剰財政赤字に対する自動制裁を明文化する新条約の締結を目指すことが宣言された。<br /><br />これらは実質的に、経済財政政策の段階的な統合を意味するものにほかならず、その一環として労働市場政策や社会・年金政策、税制の少なからぬ部分が、欧州レベルで共同立案されるようになるだろう。つまり欧州諸国は危機が生み出す大きな圧力のもと、マーストリヒト条約の交渉時すでに掲げられながら実現されなかった「政治同盟」の建設に着手すべく、年明けから交渉を開始することになったのである。20年前のマーストリヒト条約のときと同じく、その決定的な推進役となったのはドイツだった。ヘルムート・コール首相の推進動機が、ドイツの欧州政策の基本哲学だったのに対して、アンゲラ・メルケル首相の場合は、諸情勢がこれ以外の選択を許さなかったという違いはあるとしても。ドイツは今回、自国の規模とそこから帰結する影響力を頼みに、債務危機への対応の基本姿勢を決定することができない状況に置かれた。ユーロが破綻するようなことになれば、ドイツも含めたEU全体に予測もつかない甚大な影響を与えうる状況下では、発足当時ドイツの希望を大幅に反映するかたちで構築された通貨同盟を、基本条約改正という能動的な戦略によって防衛していくのが得策であると思われた。こうしてドイツは欧州統合のプロセス開始以来最も深刻な危機のなかで、統合の強化によって自国の行動の自由を確保しようとする伝統的な政策アプローチに回帰したのである。<br /><br />年末のEU首脳会議における緊迫した交渉は、欧州政治の空気を一変させた。全27加盟国の意見統一が難しいならば、自分たちだけで先行して統合を進めていく――11年12月9日は、ユーロ圏17カ国のそうした不退転の意志が浮き彫りにされた日だった。ほかの加盟国もこのシグナルを理解し、またとりわけ明確な支持に回ったポーランドに触発されるようにして、統合深化構想に同調していく。会議の終了間際まで模様眺めを続けていた3カ国も、ついに独仏共同提案に同意し、結局基本条約改正反対の態度を堅持し続けたのはイギリスだけとなった。特定グループによる真剣勝負の先行意思表明が、加盟国の分裂ではなくむしろ結束を強いるというのは、過去の欧州統合プロセスでも見られた図式であるが、今回はヨーロッパにとって重要な大国の孤立という代償を伴うことになった。<br /><br />EUの扉は開かれ続ける<br />こうしてEUは統合深化へと大きく舵を切ったが、新条約の内容や射程をめぐる加盟国間の意見の隔たりは依然大きく、これからの交渉は難航が予想される。交渉当事者たちは、例えば有志加盟国間の取り決めとして出発したシェンゲン協定がそうであったように、あとから容易にEU法の枠に組み込むことのできる条約作りを目指すべきであろう。EUの扉はイギリスならびに現在と未来のあらゆる加盟国に対して、統合の停滞という犠牲を要しない限りにおいて開かれ続けなければならない。<br /><br />中国語の「危機」という言葉には、「危険」と「機会（チャンス）」という二重の意味があるという。危機が創造的な可能性を内包するという考え方は、われわれヨーロッパ人にとっても馴染み深いものだ。新条約締結に向けた交渉が進められるあいだも、欧州債務危機の暴走を抑え込むには即効性のある施策が引き続き不可欠であり、そのための新たな決定も必要になるだろう。またそもそも統合深化に向けたEUの改革に対して、加盟国市民の広範な支持を取り付けることも重要な課題だ。それには人々が改革によってもたらされるチャンスを認識し、理解できるようにしなければならない。と同時にヨーロッパは、財政危機の中心地の状況を劇的に悪化させた政治政党の無責任、あるいは行政機構の不全を克服するために、市民と国家の関係、個の利益と全体の利益の関係を再定義する必要がある。実行力を具えた効率の高い民主的な政府によるガバナンスがすべての加盟国で実現されるよう、できる限りの支援を行うこともまたEUの使命なのだ。///
<i>ヨーゼフ・ヤニングは欧州問題を専門とする政治学者。ブリュッセルの独立シンクタンク「欧州政策センター (EPC)」の副所長を務める。</i>]]></content:encoded>
			<category>Europäische Union</category>
			<category>11-4</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 11:13:00 +0100</pubDate>
			
		</item>
		
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			<title>ドイツ、安保理理事国任期の前半終了</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/deutschlands-halbzeit-im-sicherheitsrat.html</link>
			<description>ドイツは1年前から国連安全保障理事会の非常任理事国を務めている。ペーター・ヴィティヒ国連大使が、世界各地の紛争、国連による取組みとその成果、さらに国連におけるドイツの貢献について語る。</description>
			<content:encoded><![CDATA[1 ヴィティヒ大使、ドイツは1年前から国連安全保障理事会の非常任理事国を務めています。在任期間の半分が経過したいま、大使個人として全体をどう評価されますか。<br />安保理の非常任理事国に選ばれたことは、ドイツの業績と信頼性に対する大きな信用の現われと言えます。国連においてドイツは、代表的先進工業国、ヨーロッパの最重要国のひとつと見なされています。継続的かつ実質的に国連の活動に貢献してきたドイツが選ばれたということの背景には、もちろん大きな期待がありました。理事国を務めているからそう思うわけではありませんが、昨年、2011年は国連の重要性が改めて鮮やかに浮き彫りにされた年でした。アフガニスタン、スーダン、ソマリア、リビア、イスラエルとパレスチナ、さらに最近のイエメン、イラン、シリアにおける紛争はすべて深刻で、ドイツにとっても非常に重要な問題です。国際社会は紛争の解決策を探らねばならず、こうした、やや古風な言い方をすれば「戦争と平和に関する問題」について話し合う場所が、ここニューヨークの国連なわけです。アラブ世界の変革への動きは、国連安全保障理事会が国際社会で担う政治的重要性を改めて示しました。非常任理事国ドイツは、高い志をもってこうした紛争について他のメンバー国と協議し、解決策を打ち出す任務に当たっています。任務を確実に果たしていけるのは、紛争地域を含め各地に拠点を置き活動を展開している外務省と、ニューヨーク常駐代表部に勤務する優秀な外交官たちのお陰とも言えます。<br /><br /><br />2 2011年は、北アフリカとアラブ世界における変革が安保理議題の焦点となりましたが、これは誰にも事前予測できなかったことでした。次々と新たな様相を示していくこうした危機・紛争に対して、ドイツはどのような政策をとっていますか。<br />確かに、昨年、世界の目はアラブ世界の動向に釘づけになりました。こうした展開は人々の意表を突くもので、根本的な問いを投げかけています。理事国在任期間の前半期に、ドイツの視線がもっぱら北アフリカと中東に向かうと、予想できたひとはいないでしょう。安保理はこの問題でまったく新しい試練に直面しています。ドイツの外交政策は、常に前向きで積極的です。一例を挙げれば、ドイツは極めて早い段階からフランス、イギリスなどと密に意見を調整して、イエメン危機に関する決議案が安保理で採択されるよう努力しました。抵抗もかなりありましたが、最終的には決議案は全会一致で採択され、理事会の議事日程に組み込まれたのです。採択後もイエメン危機はまだ収束していませんが、少なくとも対立する当事者たちが政権交代に向かって歩み寄るようになりました。これは、安保理による最初の大きな成果であり、ドイツの政策もそれに大きく貢献しています。<br /><br /><br />3 しかし、「シリア決議」が示すように、安保理は紛争当事者に政治的圧力を加えることに常に成功するとは限りません。この問題では、安保理は「無力」と言われても仕方がないのでしょうか。 <br />安保理は、強力な共同のシグナルをシリア政権に対して送ろうとしたのですが、ロシアと中国が拒否権を行使したため、残念ながらいまのところ実施できていません。周知のように、理事会にどれくらいの力があるかは、構成国の意思いかんで決められます。ですからドイツにとっては、理事会で影響力をもち、自らの見解と利害をアピールすることが非常に重要なわけです。安保理がひとつにまとまれば決して“無力”ではないことは、コートジボワールやイランなどの例を見れば分かります。アサド政権に対しては引き続き政治的圧力をかけており、安保理は中東地域の国連加盟国と協力して、シリアの人権侵害を非難する決議を国連総会で採択することに成功しました。先例のないほど多くの国が非難決議に同意したことを見ても、アサド政権が国際的に完全に孤立していることが分かります。<br /><br /><br />4 ドイツの外交は、とくに武力紛争における子供の保護の改善に尽力しています。安保理のこの分野では、これまでにどんな成果が挙がっていますか。<br />ドイツは、安保理の「武力紛争における子供」作業部会の議長を務めているので、その立場からもわが国外交政策の重点である人権政策を強力に推し進めることができます。日常レベルの作業では、どうしたら危機や紛争に巻き込まれた子供の状況を具体的に改善できるか、という問題と取り組んでいます。多くの場合真っ先に戦争や暴力の犠牲となるのは子供たちで、子供たちにはそれに抵抗するすべがありません。私たちは、事務総長特別代表のクマラスワミ女史と密接に協力し合っており、数々の困難な交渉の末に、11年7月、武力紛争における子供の保護のさらなる改善に関する決議案を採択することに成功しました。故意に学校や病院を攻撃した者は国際法で弾劾され、処罰されることになったのです。こうした措置が将来、紛争地域で直接威嚇効果を発揮し、他の紛争地にも影響が及ぶことを期待しています。<br /><br /><br />5 気候保全は、安保理の伝統的なテーマではありませんが、ドイツは、理事会がこの問題と取り組むよう強く働きかけています。その理由は？。また成果は挙がっていますか。 <br />現在すでに、太平洋などの海に囲まれた島国では気候変動の影響によって食料品や飲料水の不足に悩まされていますし、南太平洋の幾つかの国では、資源の分配を巡る争いや住民の追放といった深刻な状況まで生まれています。今後、減りつつある土地と乏しくなる一方の資源を巡る紛争は増加し、その結果、追放民や避難民の数は増え続けることでしょう。海面上昇で国全体が地図から消えてしまうということも起きてきます。つまり、世界の平和が脅かされていることは火を見るよりも明らかで、安全保障理事会が危機を食い止めるための予防措置を取らねばならないと、ドイツは考えています。しかし、従来のやり方では地球規模の問題にはもはや対処できず、新たな包括的な安全保障政策の概念が必要です。そうしたなかで11年7月、ドイツが提出した、安全保障および気候変動に関する安保理議長声明が採択されました。その結果、この問題を巡る議論は大きく前進し、気候変動問題は国連の重要テーマとなりました。厳しい交渉の末に全会一致で採択された議長声明は史上初めて、気候変動は国際平和に対する潜在的な脅威であることを明言しています。声明には、大きな影響力があります。というのも、今後は国連事務総長の全ての報告書――とくに紛争地域では重要な意味をもちます――において、気候変動の影響が取り上げられることになったからです。これはまさに、気候変動問題における目覚しい進歩でしたが、ドイツの外交がここでは大きく貢献しました。 <br /><br /><br />6 2011年初頭、ドイツは安全保障理事会内で、アフガニスタン報告書のまとめ役を委任されました。具体的にどのような課題なのでしょうか。<br />ご存知のように、安保理における地域報告書は、原則として常任理事5カ国がまとめ役となっています。例外が、ドイツに委ねられたアフガニスタン報告書です。このことはアフガニスタンの復興に向けたドイツの積極的な取り組みが高く評価されていることの表れ、と言えるでしょう。まとめ役であるドイツは、昨年12月にボンで開催されたアフガニスタン支援会議での支援から、国連ミッションの活動委任期間の延長や国際治安支援部隊（ISAF）派遣期間の延長などに至るまで、安保理のアフガニスタン関連の活動は何から何まで調整していかなければなりません。ドイツはまた、同じ時期に国連アルカイダ・タリバン制裁委員会の委員長も引き受けました。就任後ほどなく、制裁委員会をタリバンを対象とするものとアルカイダを対象とするもののふたつに分けることができたのは、大きな成果でした。これは、国際テロリズムの撲滅とアフガニスタンの内政改革という両方の面で、極めて重要な意味をもつからです。制裁委員会が分割されたことで、ドイツは今後、アフガニスタンの内政改革をより効果的に支援していくことができます。<br /><br /><br />7 国連の機構改革に関して、ドイツは牽引役を自任しています。今日の地政学的な現実を反映する安全保障理事会の構成はどのようなものか、という問いを巡る議論に何か進展がみられますか。<br />ご承知のように、ドイツの目から見て、安保理の構成は1945年の政治的現実を反映こそすれ、今日の現実を映し出してはいません。アフリカ、ラテンアメリカ、アジアの国々、そして国連の2大分担金拠出国である日本とドイツは、安全保障理事会常任理事国の一員となっていないのです。安保理の構成国は、今日の世界の政治情勢に適合したものでなければなりません。ドイツの安保理改革への要求は、自らの常任理事国入りという願望を超えるものです。はっきりしていることは、安保理改革は安保理内ではなく国連総会で話し合われ、いつか総会で決定されるだろうということです。その日に向けてG4グループ（ドイツ、日本、インド、ブラジル）の国々と粘り強く議論を続けていくつもりです。水滴が岩に穴を穿つような根気の要る作業ではありますが‥‥。現在、非常任理事国として活動していることで、全体として理事会とメンバー国に大きな付加価値が生まれた、注目すべき成果があった、と評価されることをドイツは願っています。そうした評価は、機構改革議論で必ずドイツの役に立つはずですから。]]></content:encoded>
			<category>Internationale Zusammenarbeit</category>
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			<category>Startseite Plugin 6</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 11:46:00 +0100</pubDate>
			
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			<title>ドイツが世界をリードする 6つの先端テクノロジー分野</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/6-grosse-trends-wo-deutschland-spitze-ist.html</link>
			<description>大学、民間企業、公的研究機関の研究者たちは、グローバルな課題に応え、私たちの暮らしを変える新技術を次々と生み出している。</description>
			<content:encoded><![CDATA[気候保全、エネルギー、医療、食糧供給、モビリティなど、いま世界は緊急に答えを要するいくつもの大課題を抱えている。その打開策を革新テクノロジーに求めるとき、技術大国ドイツへの国際的な期待と評価は極めて高く、とりわけ環境、バイオ、医療関連技術の研究開発において、ドイツは最先端を行く国として知られる。卓越した革新技術を世に送り出しているのは、世界的な名声を誇る数々の専門研究機関のほか、多くの独創的な研究者を擁する民間企業の開発部門。2010年だけをとっても、ドイツ企業が欧州特許庁に出願取得した特許は1万2500件を超えており、技術革新力の大きさがうかがえる。公立と民間の研究施設を合わせると、研究者の数はおよそ29万9000人に上る。研究開発集約型産業の付加価値額が国内総生産に占める割合は、ドイツの場合15パーセント弱で、日本やアメリカをも凌ぐ。<br /><br />新しいテクノロジーは、グローバルな課題を解決するための鍵となることから、ドイツ連邦政府は「ハイテク戦略」を策定し、最重要分野におけるイノベーションの政治的・社会的前提条件整備に力を入れる。同戦略が奨励重点に定めた未来プロジェクトのテーマは、高効率エネルギー供給からオーダーメイド医療、高齢者の自立生活支援のための諸技術、ドイツが20年までの達成を目指す電気自動車100万台普及目標まで多岐にわたるが、いずれもすでに企業や大学、研究機関で集中的な取り組みが進められている。本稿ではそうした幅広いテーマのなかから、技術革新拠点ドイツの本領を示す6つのテクノロジー分野――自動車・交通、医療機器、機械、環境技術、ナノ技術、バイオニクス――を選んで紹介する。これらの分野で開発される新技術は近い将来、私たちの生活に決定的な進歩をもたらすにちがいない。///<br /><br /><br />環境技術<br />最大テーマは水とエネルギー<br />
今後ますます貴重になっていくことが予想される水とエネルギーを、将来にわたって確保していくための環境技術は、資源の不足、気候変動、そして世界的な人口増加という3つの問題に同時に対処するものでなければならない。このグローバルな挑戦に応える試みとして、今日すでに風力や太陽エネルギー、バイオマスによる発電、持続可能な水技術、全自動リサイクル設備による資源の再利用といった技術が実用化されている。ドイツはこれら環境にやさしいテクノロジーの主導的市場であり、その輸出においても世界トップの座にある（シェア16パーセント）。<br /><br />脱原子力に向けてエネルギーシフトを決断したドイツは、今後ますます風力やソーラー、バイオ資源を利用した再生可能エネルギー発電の先駆者の地位を確かなものとしていくだろう。例えば、北部ヨーロッパの沿岸地域には、向こう数年間に原発複数基を代替できる巨大なウインドファームが次々と完成する予定だが、そのための技術を提供しているのはドイツ企業だ。再生可能なバイオ資源もこれから、燃料やグリーン電力のエネルギー源として活用が進むものとみられる。またフラウンホーファー研究所では、エネルギー変換効率が極めて高い特殊な太陽電池が開発されている。ただし風力やソーラー発電には出力変動の問題があることから、多様な再生可能エネルギー由来の電力を、インテリジェントな次世代電力網技術を使って効率よく組み合わせていく必要がある。このいわゆる「スマートグリッド」の開発には、ドイツの大手電力会社のほか、Infineonのような半導体メーカーも取り組んでいる。<br /><br />他方、従来型発電所でも新しい技術を利用することによって、環境や気候への負荷を軽減することが可能である。例えば、大手エンジニアリング企業LindeがRWE、BASFと共同開発しているようなCO2分離回収技術は、石炭火力発電所の排ガスの大幅な削減を実現する。回収されたCO2をポリウレタン製造の原料として利用する「Dream Production」プロジェクトも、Bayer薬品を中心に進められている。またインゴルシュタット近郊のイルシングでは11年、世界一高効率な化石燃料発電所が稼動を開始した。Siemensが建設したこのガスタービン・コンバインドサイクル発電所は、発電効率が実に60パーセントを超える。<br /><br />水資源の持続可能な利用技術においても、ドイツ企業は世界をリードしている（市場シェア19パーセント）。ドイツ製技術は、とりわけ新興国や途上国で需要が高い。これらの国々では水が不足しており、メガシティへの確実な水供給という課題も抱えていることから、例えばシーメンスが提案するような革新的な飲料水処理・配水システムが不可欠なのだ。さらにドイツは、リサイクル技術の分野でもパイオニアの役割を果たしてきた。高度に自動化されたドイツ製リサイクル設備は、資源の節約とゴミの再資源化に大きく貢献している。///<br /><br />機械製造<br />生産における省資源性重視というトレンド
ドイツ経済の要をなす機械工業は、AはAgrartechnik（農業技術）からZはZahnräder（ギア）まで、全産業分野のあらゆる生産活動に必要な投資財を供給しており、当然のごとく国外からも引く手あまたである。ドイツの機械工業の就業人口はおよそ92万人で、その2010年売上高の75パーセント近くが、海外取引によるものだった。機械メーカーの多く――中堅企業が多数を占めるものの、なかにはThyssenKrupp、Gildemeister、Geaのような大手上場企業も含まれる――は近年、生産における省資源性重視というトレンドを製品開発戦略の中心に据えている。<br /><br />高効率の機械やプラントは、成長とエネルギー消費拡大の連動を断ち切るという意味で環境にやさしく、それを使う企業にはエネルギーコストの削減をもたらす。高効率化のためには、機械装置と電子技術の最適な融合が不可欠であり、「メカトロニクス」と呼ばれるこの専門知の重要性は、金属加工機械にしろ食品加工機械にしろ、あらゆる種類の機械生産において高まっている。自動化やロボット化も、生産効率の向上にはなくてはならない技術である。今日の自動車産業や化学産業では、インテリジェントな画像認識技術その他を活用することで、組立加工やプロセス制御の高度なオートメーション化が進む。またエンジンやギアボックス軸、タービン翼といった複雑な部品の生産でも、コンピュータシュミレーションを駆使した工程設計により、機械の作業効率が飛躍的に向上している。炭素繊維のような新素材を用いた自動車部品を量産化するには、新しい生産技術が必要となるが、ドイツには例えばSGL Carbon社のようにその開発を手がける炭素製品専門メーカーがある。Eモビリティ推進政策により活況を呈する電気モーターやバッテリー生産用の設備では、ドイツメーカーの製品は効率の高さで光る。<br /><br />ドイツ機械工業の近年のもうひとつの潮流は、エネルギー資源や特定の金属資源の高需要を反映した製品開発である。陸から遠く離れた海底のガス田を探査掘削する新型のドリルシップなどは、その典型例といえるだろう。鉱山機械の分野では、地下作業の生産性を上げるため、運搬システムのインテリジェント化やセンサー制御技術の活用が進む。インテリジェント化の流れは農業機械の分野にまで押し寄せており、センサーやGPSを搭載することで、施肥なども含め１センチと違わぬ正確な作業ができる無人機が登場している。高性能コンバインの1時間当たりの収穫・脱穀量は最大70トンに上り、技術的にはすでに世界の食料需要の拡大に十分対応できる水準にある。///<br /><br />乗り物・交通技術<br />軽量化、高効率化、電動化<br />
モビリティは自動車、鉄道、飛行機と手段のいかんによらず、何よりも私たちに自由を約束する技術として発達してきた。ところがいまや関心の重点は大きくシフトして、気候保護やメガシティの交通管制、安全性や快適性の向上がこの分野の中心テーマとなっている。<br /><br />自動車の世界では長期的にみると、電気駆動システムがガソリンエンジン、ディーゼルエンジンに取って代わることになるだろう。ドイツの自動車メーカーはどこもすでに、ハイブリッドカーや車載バッテリーで走る電気自動車（EV）を手がけている。加えて燃料電池技術を強力に推進するMercedesは、早くも14年には水素自動車を量産化する予定だ。その一方で、動力源としてのガソリン／ディーゼルエンジンの役割はまだまだ重要であり、その高効率化が課題となる。ドイツメーカーのお家芸としてとくに有名なのは、燃費の良い高性能ディーゼルエンジン技術である。ディーゼルだけでなくガソリン車でも近ごろ明らかな技術トレンドとなっているのは、エンジンを小排気量化しながら効率よく高出力を得る「ダウンサイジング」だ。低燃費を実現するためのもうひとつの手段としては、複合材料使用による車の軽量化がある。例えばBMWからリリース予定の「i3」は、鋼板をほぼ全面的に軽量カーボン材で代替した初の量産EVとなる。<br /><br />現代の自動車は、駐車アシストシステムからエンジン制御まで、いたるところにデジタル技術が詰め込まれている。車載半導体市場で世界第2位のInfineonが、自動車大国ドイツのメーカーというのも不思議はなかろう。より安全で快適なドライビングの実現に向けて、センサーと電子制御技術を駆使したは省略］運転支援システムは進化を続けており、次世代技術のテスト車両は、すでにアウトバーンの完全自律走行実験にも合格している。この新しいシステムが実用化されれば、緊急時には完全自動で車両にブレーキをかけて路肩に誘導停止し、アラームを発することも可能になるという。<br /><br />鉄道車両技術では駆動システムの効率化、排出ガス削減がおもな開発目標となっている。ハイブリッド技術やブレーキエネルギー回生システムにより、ディーゼル機関車の省エネルーギー化を目指すアプローチは、自動車の場合と変わらない。新型高速列車は、遠隔地を結ぶ環境にやさしい長距離交通手段として大いに将来性がある。また主要都市間ないし近距離を結ぶ特急・快速網を充実させることにより、人口密集地域の道路の混雑緩和が図られている。航空機の分野では、軽量ながら高強度の新素材や省エネルギー型エンジンンの採用によって、燃料コストの削減、環境への影響緩和に一定の成果が得られている。また、藻類や植物から抽出された油を航空機用のバイオ燃料として使う試みも進められており、将来は鉱物由来のジェット燃料に取って代わるかもしれない。太陽エネルギーだけで昼夜（！）飛行できる世界初のソーラー航空機「Solar Impuls 号」のプロジェクトにも、複数のドイツ企業が参画している。///<br /><br />写真は未来のエアバスの客室イメージ<br /><br />医療機器<br />手術室のイノベーション<br /><br />ハイテク最小侵襲手術、分子イメージング、インテリジェント義肢、人工心臓血管といったキーワードが示すように、日進月歩の医療機器技術が洗練を増し、より微細な構造に分け入っていくのとは反対に、そのドイツの市場はますます拡大している。ドイツは医療機器技術においていまやヨーロッパ最大の、そして世界第3の市場である。健全な体質を備え、国際競争力も十分なこの業界の輸出率は、60パーセントを超える。ドイツ製の最新医療機器や診断法の需要は、とくにアジアやラテンアメリカの新興国で伸びている。<br /><br />中堅企業が圧倒的多数を占めるこの業界は、医療現場と密接な連携を取りながら、医師や患者のニーズに合致した多種多様な製品――全自動手術台からハイテク手術器具、麻酔・人工呼吸器、ソフトウェアまで――を提供している。3D超音波診断システムを使えば、鼓動する心臓の内部をリアルタイムで画像化することができるし、ハイテク最小侵襲手術は、患者に痛みや負担を感じさせない速やかな治療を可能にする。耳鼻咽喉科や口腔外科、脳神経外科をはじめ、様ざまな専門分野の医師たちをサポートする最新鋭のナビゲーションシステムは、すべての重要情報をひとつのモニターに集約表示することで、例えば手術中の執刀ミスを防止する。デジタル技術を駆使した人工内耳は、聴覚障害者に光明をもたらしているし、パーキンソン病のような難病でさえも、脳深部刺激療法と呼ばれる高度な外科治療が効果を上げ定着しつつある。<br /><br />デジタル情報通信技術の医療への活用は、病院ばかりでなく患者の日常ケアの場面にもどんどん広がっている。例えば、糖尿病患者がスマートフォンやiPadを使って、自分の血糖値をホームドクターに連絡するシステムがすでに実用化されているし、ほかにも視力テストや聴力テストから“ほくろ”の病理検査用まで、実に様ざまなアプリが流通している。また、高齢者が健康で自立した生活をなるべく長く維持できるよう支援するシステムも、使いやすさを配慮しながら開発されている。医療機器はイノベーションサイクルが比較的短いことから――ドイツメーカーの売上のおよそ3分の1は、開発から3年以内の製品による――、この業界は今後も持続的な成長が期待できる。しかも医療機器革命は始まったばかりで、人工血管や皮膚の量産、心臓弁の再生医療も近い将来現実のものとなるかもしれないのだ。///<br /><br />ナノテクノロジー<br />技術発展の極微サイズの推進力<br /><br />ナノテクノロジーが対象とする世界は、1ミリの100万分の1（1ナノ）と超微小だが、この領域では融点や溶解性などの材料の特性が大きく変化し、思いもかけかったようなユニークな性質が現れてくる。ドイツの技術者、研究者は、ナノ領域に関する様ざまな知識を光学、エレクトロニクス、土木工学、医学、薬学、科学、繊維、機械、安全技術、バイオテクノロジーなど多くの分野で、技術革新の推進力として利用している。比較的若い学問領域であるナノテクノロジーのドイツにおける研究はアメリカ、日本と肩を並べるほど活発で、ナノテク関連製品の開発・製造を行っている企業――中小規模のスタートアップ企業を多数含む――は国内に約950社を数える。<br /><br />ナノテクノロジーは、例えば、出力電圧を大きく増強するために太陽電池モジュールのガラス面にナノ粒子薄膜を施すなど、建築技術分野でも応用されている。ナノ粒子の特異性を利用する研究はこの他にも数多く、なかでも注目されているのはアーヘン工科大学が取り組んでいる、ナノ粒子を利用した分子イメージング技術（核医学画像診断）の開発。個人の遺伝的特徴の把握に役立つこの技術によって、アルツハイマー病などの疾患の診断が可能となり、個人オーダーメイド医療への道が開かれることが期待される。またハイデルベルクの「ドイツがんセンター」との協力で進められていた、ナノ粒子利用のがん治療の臨床試験がすでに成果を挙げているほか、カテーテルなどの医療器材の滅菌・消毒にナノ粒子表面コーティング技術が活用されている。<br /><br />一方、農業分野に目を向けると、有効成分を封入したナノカプセルが農作物の殺虫・消毒に威力を発揮している。微小なカプセルは作物内の必要な場所に狙いを定めて送り込むことができるので、農薬使用の効率化だけでなく、環境保護にも大きく役立つ。また電気自動車の分野でも、ナノテクノロジーがその普及に大きく貢献することが期待されている。新ナノ材料を使用して電気自動車のバッテリーの電気蓄積量を増大化する技術の開発は現在、カールスルーエ技術研究所を初め多くの研究所と企業によって進められているのだ。また微細な金属ナノ粒子は、薄膜上に電子回路を印刷する「プリンタブル・エレクトロニクス」技術に利用されており、この技術の改良が進めば将来はさらに薄型のフレキシブルディスプレーの製造が可能となることだろう。偽造防止技術の分野でも、ナノ粒子の活躍は見られる。ナノ材料やナノバイオ材料をベースとした識別システムがすでに実用化されており、薬品、自動車や空機部品などの模造品からブランドを守ることに寄与している。<br /><br />ナノテクノロジーに秘められた危険性に対しては、ドイツは厳重な注意を怠らない。様ざまな調査を実施して、ナノ材料が人間の健康や環境に及ぼす影響と潜在的リスクについて詳しく研究しているのだ。先ごろ連邦教育研究省が「ナノテクノロジー2015」と題する行動計画を発表し、15年には世界市場規模が1兆ユーロを越すと予想されるナノテクノロジーの潜在的なリスクを理解、予測し、管理するための新構想を打ち出したのもそのひとつの表れである。<br /><br />バイオニクス<br />大自然に学ぶ技術<br /><br />数千万年におよぶ進化の過程で、大自然は多種多様な生命に生存の基盤をもたらしてきた。今日の研究者や技術者は、こうした自然の豊かな創造・開発能力の恩恵を受けている。バイオニクスは、生物学と工学が結合した技術である。ドイツは、バイオニクスを応用した製品の研究開発の分野で世界をリードしている。そのひとつの例は、ヤモリ型ロボット。本物のヤモリを真似して開発した粘着パッドを足裏につけたロボットは、つるつる滑るガラスの壁もらくらく登っていける。もうひとつの例は、赤外線で火災を探知する自動火災報知機で、この新製品は赤外線に反応する感覚器官をもつカブトムシにヒントを得て開発された。一方、ドイツ航空宇宙センターの研究者にインスピレーションを与えたのは、サメの肌の鱗の表面性状。これを手本に開発されたリブレットサーフェイスは従来のものより乱流摩擦抵抗が少ないため、飛行機や船舶などの摩擦抵抗低減化に大きく寄与している。フラウンホーファー研究所と空気圧機器メーカーFesto社が開発したロボットアームは、象の鼻がモデル。アームは、360度どの方向にも柔軟に動かせ、先端部が繊細なグリップ構造になっているため、壊れやすいものも安定的に把むことができる。またイルメナウ工科大学の研究者は、寝たきりの病人のために人肌のような感触の特殊なマットを開発した。マットには病人の皮膚の血行を測定するセンサーが埋め込まれていて、血行が悪くなるとマットが自ら微弱な振動を起こして皮膚を刺激し、血行を促進し、床ずれを防止するというハイテクマットである。<br /><br />写真は、Festo社が開発した、くらげを模した“Air Jelly” ]]></content:encoded>
			<category>Thema</category>
			<category>Forschung</category>
			<category>11-4</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 11:52:00 +0100</pubDate>
			
		</item>
		
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			<title>日独交流151周年</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/151-jahre-freundschaft.html</link>
			<description>世界屈指のテクノロジー企業シーメンスは近年、環境ポートフォリオを徹底的に拡充する戦略を進めてきた。その甲斐あって同社のグリーンテクノロジー部門はいまや活況を極め、グループ総売上高の40パーセントを占め...</description>
			<content:encoded><![CDATA[シュタンツェル大使、日独交流150周年記念行事もそろそろ終わりに近づいています。これまでの成果を、どう評価なさいますか。<br />無条件で、“良好”と評価しております。実施されたイベントは、全部で800以上。「一日少なくとも1イベントを」という私たちの高い目標をもはるかに上回るものでした。そのうちの主なものに、2010年10月16日に東京横浜ドイツ学園で行われたオープニング式典、2011年1月24日に、皇太子殿下ご臨席の下、ベルント・ノイマン連邦首相府国務大臣も出席して行われた、日独外交関係樹立150周年記念式典、そして、11年10月23日、皇太子殿下とドイツのヴルフ大統領も出席されて、ドイツ大使館と有栖川宮記念公園で盛大に催された「ドイツフェスティバル」などがあります。記念イベントの内容は極めて多彩ですから、それらひとつひとつについてここでご説明できないのは残念です。どれくらいの人がこうしたイベントに参加したかは簡単に言えませんが、確実に数百万人に達していたと思いますね。<br /><br />この記念行事の実施期間中に、あの不幸な大災害が発生しました。これは行事の進展にどのような影響を及ぼしましたか。<br />もちろん11年3月11日の大地震・大津波、福島第一原発の大事故は、誰にも予想できなかった深刻な出来事であり、私たちドイツ側も日本の関係者の方々も、この事態への対応を迫られました。私たちは、記念事業を続けることが両国友好と、日本とのドイツの連帯の最良の証になるという結論にすぐさま達し、被災地東日本の方々のために特別にイベントを実施することも決めました。そうして、震災直後の緊急支援活動の他に、様ざまなバラエティに富む催しが被災地で実施されたわけですが、とくにコンサート、芝居の上演、サッカー・ワークショップといったイベントは東北の方々に大変感謝され、喜ばれました。苦難の日々を明るくするものとして、またドイツ人が被災地の人々の味方であるしるしとして、受け止められたのです。そのようなわけで、11年春に予定していたイベントの多くが実施できなくなったため、記念行事期間は延長されることになりました。公式の閉幕は、12年春を予定しております。<br /><br />「両国の若い世代の心を射止める」ことも、目的のひとつとされていましたが、成果はありましたか。<br />非常に喜ばしいことに、日本とドイツの若者たちの間ではすでに活発な交流が行われています。「日独交流150周年」は、こうした交流の幅広さとダイナミズムにスポットを当てただけ、と言えるほどです。大使にとって、こうした事実を確認することほど嬉しいことはありません。そもそも若者の間に相手への強い関心がなければ、どんなに国が援助しても無意味ですが、幸い日独の場合はそうではないのです。交流がとくに盛んな分野は、ポップカルチャーとスポーツ、とくにサッカーです。ドイツのポップミュージックのトップバンド「Tokio Hotel」は、10年12月以来3回来日しましたが、コンサートは常に超満員でした。11年11月に東京と大阪で開催された、日本とドイツの友情を繋ぐという意味で「ナイト・オブ・フレンドシップ」と題されたポップコンサートも大成功を収めています。それから日本とドイツの漫画シーンの交流も緊密で、わが大使館のプロジェクト「日マン独」をご覧頂ければ、その生き生きとした交流ぶりがよく分かります。日本のメディアでは、とくに日曜日にドイツに関連するニュースがたくさん報道されますが、そのうちの半分以上はドイツのサッカーに関するニュースです。また、日本のソーシャル・メディアで取り上げられるドイツに関する情報も、サッカー関連のものが圧倒的に多いようです。<br /><br />福島原発大事故発生を受けてドイツは、核エネルギーの利用を取り止めることを決定しました。このドイツのエネルギー政策の転換は日本でどう受け止められましたか。<br />ドイツが核エネルギーからの撤退時期を予定より早めたことは、日本で非常に大きな注目を集めました。大災害発生後数ヶ月間は被災者救援で手一杯なはずなのに、驚くほど大きな反響でした。ドイツと日本には、明らかに考え方の相違があります。福島原発事故発生後も日本政府は、原則として原発を重視するという方針を変えていません。ドイツはこの姿勢を尊重し、理解しなくてはなりません。ヨーロッパ諸国では国境を越えた電力網が存在し、ドイツは各国と活発な電力取引を行っています。時間帯による電力需要も越境取引で調整することができます。ところが日本の場合、海外の電力供給から隔離されており、需要は100パーセント自力で賄わねばなりません。電力供給を自給自足で賄いたいというニーズが、原子力発電所増設につながっていったのだろうと思います。日本には、ドイツのエネルギーシフトの成功を疑問視する人々が少なからずいますが、このような人たちもドイツとの対話を続けることに、大きな関心を抱いています。それは、核エネルギーによる電力生産を再生可能エネルギーの利用と節電で置き換えるというドイツの試みは、絶対成功しないとは限らないと考えているからではないでしょうか。とにかく、核エネルギーへの賛成・反対を問わず、日本の人々は頻繁に、細かい点までドイツと意見を交換することを望んでいます。「フクシマ」以前には考えられないことでした。<br /><br />「日独交流150周年」開幕に当たって本誌が行ったインタビューのなかで大使は、日本への関心のルーツは「原発反対運動」と語っておられました。「フクシマ」は大使個人にどのような影響を及ぼしましたか。<br />私の日本に対する関心は、ヨーロッパの核武装反対運動、つまり60年代の「復活祭平和行進」で呼び起こされたもので、原発反対運動によるものではありません。私は1999年から2001年まで、外務省の核エネルギー民間利用課課長を務めましたが、ドイツが脱原発の方針を決めた背景を外国で説明することも、当時の私の任務のひとつでした。原子力発電所ではどんなにリスクを小さくしても、必ず「残余のリスク」がある、ということがそのころの脱原発の重要な論拠でしたが、福島大事故の影響でいま急に、この問題の重要性が日本でも活発に議論されています。///<br /><br />]]></content:encoded>
			<category>Japan</category>
			<category>Internationale Zusammenarbeit</category>
			<category>J</category>
			<category>11-4</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 12:30:00 +0100</pubDate>
			
		</item>
		
		<item>
			<title>日独交流の群像</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/das-gedaechtnis.html</link>
			<description>アレクサンダーとハルコのビュルクナー夫妻は、ドイツと日本の交流の記録をインターネットで収録し、公開している。現在、ベルリンの日独センターが設置した作業グループが、夫妻の構想をもとに、将来のインターネッ...</description>
			<content:encoded><![CDATA[<span style="font-size:10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;" lang="AR-SA">日本とドイツは、「日独交流</span><span style="font-size:10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;">150<span lang="AR-SA">周年」を祝っているが、他方ではこの類稀な二カ国の交流に関係した個人の記憶は、広い範囲に散在している。日独両国を結びつける多くの物語は、図書館、大学、個人や会社の書庫、あるいは人々の記憶の中に眠ったままなのだ。現在、こうした埋もれた物語を収集して、一般のひとに公開することを目指したプロジェクトが、少しずつ形をとりつつある。</span>2011<span lang="AR-SA">年</span>12<span lang="AR-SA">月初め、ベルリン・日独センター（</span>JDZB<span lang="AR-SA">）に官庁や協会・機関の代表者と一般民間人が集まり、この計画について詳しく話し合った。その結果、</span>JDZB<span lang="AR-SA">が作業グループ「独日デジタル・メモリー」を設置して調整役に当たらせ、</span>12<span lang="AR-SA">年半ばごろまでにプロジェクトの開始が可能かどうかを決定することに決まった。現在、日本側の協力者を募っているところである。</span></span>
<span style="font-size: 10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;">&nbsp;</span>
<span style="font-size:10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;" lang="AR-SA">実は、このプロジェクトにはお手本がある。ドイツと密接な関わりを持ちつつ生きてきた日本人、また逆に日本との緊密な関係の中で生き活動しているドイツ語圏出身の人々の人生の軌跡を、文書データ、動画および音声メディアを通じて広く紹介している、アレクサンダーとハルコのビュルクナー夫妻が運営しているインターネット・ポータルサイト</span><span style="font-size:10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;">www.das-japanische-gedaechtnis.de<span lang="AR-SA">（日本の想い、ドイツの想い）である。夫妻が同ポータルを立ち上げることになった動機は、ふたりの経歴と切り離せない。ドイツ生まれのアレクサンダーさんと日本生まれのハルコさんは、ボン大学日本学科で勉学中に知り合いになった。結婚し、その後、通算</span>30<span lang="AR-SA">年間東京で暮らした。</span>3<span lang="AR-SA">人の娘さんも東京育ちだ。</span>03<span lang="AR-SA">年にアレクサンダーさんが銀行を定年退職した後、夫妻はベルリンに転居。その後間もなく、インターネットにライブラリーを開設することを思いついたのである。現在、夫妻は毎日、時には</span>7<span lang="AR-SA">時間も、ポータルの作成・運営に時間を割いているが、同好の士である多くの友人たちが手伝ってくれているという。</span></span>
<span style="font-size: 10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;">&nbsp;</span>
<span style="font-size:10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;" lang="AR-SA">サイトで伝記を紹介している人たちの多くと、ビュルクナー夫妻は実際に会って話をしている。「まるで自分たちが歩いて来た道を眺めているような気がしました」と、アレクサンダーさん。多くのひとが自分たちと同様に、ドイツと日本の間を行ったり来たりしており、その人生行路は日独の異文化間交流の途方もない多彩さを裏づけているようだ、と彼は言う。ビュルクナー夫妻は、歴史上の人物と現在も活躍中の人物の両方の名を何人か話の途中で上げてくれた。シーメンス社との提携により富士電機製造株式会社を設立した実業家の名取和作氏、ポーランドとの国境に近いドイツのひなびた村に</span><span style="font-size:10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;">20<span lang="AR-SA">年近くも住み、日独両方の文化を融合させた作品の制作に励んでいる画家で彫刻家の横尾龍彦氏、そして女性の自由が大きく制限されていた</span>1900<span lang="AR-SA">年ごろの時代にドイツで医学を学んだ日本人女性、宇良田唯氏と高橋ミズコ氏などである。夫妻のインターネットポータルサイトでは現在、</span>104<span lang="AR-SA">人の</span>“<span lang="AR-SA">日独交流の群像</span>”<span lang="AR-SA">が読める。</span></span>
<span style="font-size: 10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;">&nbsp;</span>
<span style="font-size: 10.5pt; font-family:&quot;MS Mincho&quot;">JDZB<span lang="AR-SA">の作業グループの手で現在準備が進められている「独日デジタル・メモリー」は、ビュルクナー夫妻のポータルサイトよりはるかに規模の大きなものになりそうである。日独交流に深い関わりのあった人々の伝記だけではなく、日独間企業提携や文化、研究機関の日独交流に関する情報も豊富に収録する計画が立てられているからだ。「デジタル・メモリー｣プロジェクトの発起人のひとりである、ボン大学のラインハルト・ツェルナー日本学教授は、アメリカの歴史を語る文書、写真、音盤などの記録をデジタル化して収録している、米国議会図書館が管理する電子化資料ライブラリー「アメリカン・メモリー」を手本とすることを提案している。「ドイツの多くの資料保管所には、研究者もまだ目を通してない日独交流関連文書が山のようにあります」と教授は語っている。</span>///</span>]]></content:encoded>
			<category>Japan</category>
			<category>J</category>
			<category>11-4</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 12:38:00 +0100</pubDate>
			
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			<title>ドイツ人 ノーベル賞受賞者、科学研究の将来を語る</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/nobelpreistraeger-ueber-die-forschung-von-morgen.html</link>
			<description>科学研究は将来、どのような貢献を果たせるのか━━。『.de - magazin deutschland』編集部は、4人の卓越したドイツ人科学者に、明日の研究の世界を展望してもらっ</description>
			<content:encoded><![CDATA[ゲルト・ビニッヒ<br />ミュンヘンにあるゲルト・ビニッヒ経営のDefiniens社のオフィスには、あちこちにダンボール箱が山積みになっている。市内の別の場所へ引越そうとしているのだ。常に走り続けているこの科学者には似つかわしい光景かもしれない。ビニッヒは1986年、画期的な走査型トンネル顕微鏡開発の功績により、ノーベル物理学賞を受賞した。今日、Definiens社では、最新鋭のソフトウェアを使って様ざまな画像の分析・解釈を行っている。<br />「わが社が開発した画像解析技術は、今日、生物学や医学研究の場で盛んに利用されています。この技術は、抽象的なアルゴリズムよりも、人間が画像を鑑賞し理解する際の手法を、よりどころにしています。コンピュータで細胞組織画像を分析することなど、数年前にはまったく考えられませんでした。わが社の技術でそれが可能になったわけです。画像解析には膨大な可能性が秘められています。これからは、コンピュータのスピードと正確さ、そして、画像を理解し、相互関係を認識できる人間の強み――、つまりマシンと人間というふたつの異なる世界のスキルを緊密に結びつけていかねばなりません。将来のソフトウェアは、個々の専門分野の知識の水準に強く影響されます。例えば医学の分野でも、場合によってはプログラミング能力を身につけた医学の専門家のほうが、現場のニーズを熟知しているため、一般のプログラマーより優れたソフトを開発できるということが起きてくるでしょう。いずれにせよこれからは、より人間に近い判断力を備えたソフトウェア、つまりより人間的なソフトの開発が進められることは間違いありません」。<br /><br />ドイツのビニッヒとスイス人のハインリヒ・ローラーが開発した走査型トンネル顕微鏡によって、人間はナノ構造の世界を垣間見れるようになった。今日、この極微の世界の秘める可能性は膨大、と見られている。「ナノテクノロジーは新たな世界への扉を開きました。私見ですが、人間はいま、“第二創世記”の時代に生きています。第一創世記の時代には、原子が集まって分子ができ、そこから多種多様な生物が生まれました。今日のわれわれは、超微小のナノ構造体からきわめて複雑なナノ構造複合体を組み立てる技術を手にしているのです。かなり先のことですが、ナノ医療は将来、重要な役割を担うことになるでしょう。例えば、がん。この病気について詳しく知ろうとしたら、ナノ構造の世界にさらに深く突き進まねばなりません。研究を続けていけば、いつかがんの新しい治療法の糸口が見つかるはずです」。<br /><br />複雑なナノ構造の世界を明らかにし、その成果を実用に役立てるという壮大な課題と取り組んでいるビニッヒは、高性能ナノコンピュータの開発、というビジョンも抱いている。「ナノコンピュータを作るには、ナノ世界の構造をいまよりはるかによく知らなければなりません。高性能のナノコンピュータがあれば、世界的な経済危機とかがんの治療といった種々様ざまな、複雑で難しい問題の解決に役立てることができると思います。ナノコンピュータとは、それぞれの演算に特化した無数の専門のコンピュータが、極小の場所で、相互に協力し合う巨大なネットワークを実現しているようなものといえるでしょう。ここに、画像を立体処理している脳に見られる、高度に相互結合したニューロン・ネットワークのようなネットワークが実現されるならば、まったく素晴らしいことです。こんな新型コンピュータは、従来のコンピュータをはるかに凌駕します」。///<br /><br />ハルトムート・ミヒェル<br />私たちがハルトムート・ミヒェルと会ったのは、建物の建設が進められているフランクフルト・アム・マインの新開未来都市、「サイエンス・シティ・リートベルク」のなかだ。光合成反応の分子機構の解明と膜タンパク質の結晶化に成功した功績により1988年ノーベル化学賞を受賞したミヒェルは、現在ここで、特殊なタンパク質である膜タンパク質の研究に携わっている。<br /><br />&nbsp; 「膜タンパク質の構造解析には、新薬開発の大きなポテンシャルがあります。しかし、未解明の点がまだ少なくありません。例えば、いわゆるGタンパク質共役型受容体として信号を細胞内に伝えている、ヒトゲノム全体に存在している約800種の膜タンパク質のうち、350種の信号分子については、まだ何も分かっていないからです。こうした受容体の機能が解明されれば、新薬や新たな治療法の開発の糸口が見つかるでしょう。研究は着実に進んでおり、乳がんで腫瘍の成長を抑えることに狙いを定めた、Gタンパク質共役型受容体の阻害薬が、すでに開発されています。また、細胞核とミトコンドリアとの間の情報伝達の効率低下が、老化と深く関わっているのではないかと考えられています。そのため、将来は、ミトコンドリアと細胞核との相互作用を改善することによって、様ざまな変性疾患を治療し、いつかは老化を遅らせることさえできるかもしれないとの期待が生まれています」。<br /><br />しかし、細胞の奥の秘密を「見る」ためには、考え抜かれた実験手法と高度な先端技術を必要とする。ミヒェルは先の見通しを次のように語る。「私はがん細胞の遺伝子解析に、大きな期待を寄せています。がん細胞と正常細胞を比較することで、癌化の鍵を握る細胞の異常を突き止めることができ、腫瘍細胞から生産されるタンパク質を遮断することができるからです。しかし、膜タンパク質の構造解析は、現在、「2つの壁」にぶつかっています。ひとつは、充分な量の膜タンパク質を確保することが困難なことで、今のところ、数種の膜タンパク質からしか試料が得られていません。もうひとつは、困難な結晶化作業が成功するよう、膜タンパク質を安定した状態に保たなければならない、ことです。しかし、極めて強力なX線を放射する自由電子レーザーで試料を照射することで、結晶化作業を省けるかもしれません。高性能自由電子レーザーはすでにアメリカのスタンフォード大学に導入されており、ハンブルクにもX線自由電子レーザー施設の建設が進められています。個々のタンパク分子に狙いを定めたレーザー照射でX線回折パターンが得られるため、結晶化プロセスは不要となり、待ちに待たれた膜タンパク質の解明速度は飛躍的に速まるでしょう」。<br /><br />地球の全ての生物は「光合成」で支えられている。ミヒェルを始めとする多くの科学者の研究成果により、光合成の解析は完了した。ミヒェルは現在、光合成の効率改善について思考をめぐらせている。「光合成の効率は極めて低く、バイオマスは地球にふりそそぐ太陽からの光エネルギーのわずか１パーセントしか、蓄積しません。光合成能力は、太陽光エネルギーの実に20パーセント程度で飽和状態に達するのです。逆に言えば、80パーセントは利用されないままです。もし、生物の光を集める装置の効率を高めることができるならば、例えば農作物の収穫量をはるかに増やすことも可能となります。また、再生可能エネルギーでは、エネルギーの貯蔵が重要問題となっていますが、新しいタイプの蓄電池で解決が図れるのではと考えています。亜鉛・リチウム・硫黄電池がその代表格ですが、これは従来のリチウム電池の何倍もの蓄電性能を引き出すことができます」。 ///<br /><br />テオドール・W・ヘンシュ<br />テオドール・W・ヘンシュの口元には笑みが浮かんでいる。将来、物理学的な世界像が大きく揺らぎ、精密分光法がさらに大きく発展することを想像すると、研究者としての喜びが湧き上がってくるという。ヘンシュは2005年、光周波数コム（櫛）技術などのレーザーを用いた精密な分光法の発展への貢献により、ノーベル物理学賞をジョン・ホールとともに受賞した。<br /><br />「光周波数コム技術は、ますます精密な測定器の開発を可能にしています。例えば、光周波数コム技術に基づく光時計では、光の周波数を高精密な振り子として利用しており、こうした光周波数精密測定器の実用化や小型化は絶え間なく進んでいます。10年前には、光の周波数を精密に測定するには、建物一軒分ほどの装置類を必要としましたが、いまでは、机の上に置けるほど小型化しています。おそらく将来は、マッチ箱サイズの光時計が使えるようになるでしょう。測定器の小型化、堅牢化が進むにつれ、様ざまな分野で新たな用途が開かれていきます。宇宙もそのひとつで、光周波数コム技術は近い将来、衛星航法システムで応用されることでしょう。きわめて正確な時刻を必要とするすべての分野で、可能な限り正確な時計の開発が進められていくことを、われわれは期待しています。開発が進めば、衛星航法システムがより正確になる一方で、携帯電話の分野でも、基地局とのより精密な同期によって、携帯電話における通話品質がさらに向上します。また、光周波数コムで惑星の光のスペクトルを測定できるので、この技術は天文学の分野でも利用されています。チリのラ・シヤにあるヨーロッパ南天天文台は、地球に似た惑星を探査できるかもしれないという期待を抱いて、13年から光周波数コム技術を利用する計画を立てています」。<br /><br />しかしヘンシュは、将来は宇宙で驚異的な発見がなされるだけではなく、物理学的世界像全体が大きく揺らぐかもしれないと考えている。「今日のわれわれは、19世紀末の物理学者と似たような状況に置かれているのかもしれません。当時は、力学、電磁気学がほぼ完成し、目に見えるものの世界に起こる現象が説明できるようになり、『物理はもうすぐ終わる』と言われていました。しかし、革命的な変化が起こりそうな兆しは当時からあり、ほどなく登場したアインシュタインの相対性理論によって、空間と時間に関する認識は一変しました。さらに、量子力学によって明らかにされたミクロ世界のルールは、それまでの科学常識を根底から覆すものでした。今日でも、世界像が大きく揺り動かされそうな兆しが存在します。例えば、暗黒エネルギーや暗黒物質といった現象は、従来の物理理論ではすんなりと説明できません。そのため、理論面の解明に力を入れる科学者たちは、なんとかして重力と量子力学の双方を統一する理論を構築しようと必死になっています。それに対して私は、より正確な測定法を用いた実験を積み重ねることで、現在の物理学のモデルの矛盾点を発見しようと試みています。極めて精密な測定法を用いれば現在知られている自然定数は、実は根本的な定数ではないかもしれないということを証明できるかもしれません」。///<br /><br />エルヴィン・ネーアー<br />エルヴィン・ネーアーは、訪問客に説明するため、白墨で黒板にさっとパッチクランプ法の概略図を描いて見せた。パッチクランプ法とは、細胞内に存在するイオンチャネルの機能を解明するためにネーアーとベルト・ザクマンによって開発された電気生理学的手法の一種である。ふたりの生物学者は、画期的開発の功績により1991年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。 <br />「ゲッティンゲンのマックス・プランク生化学研究所の私が所属する部は現在、シナプスを通して神経の刺激を伝えるニューロトランスミッター（神経伝達物質）の研究と取り組んでいます。研究の中心は、聴覚伝導路のあるシナプスです。音響信号処理メカニズムのより良い理解につながるカギは、このシナプスにあるからです。「聴覚」のメカニズムについては、まだ詳しいことが分かっていません。人間の両耳には音の位置を知覚する能力がありますが、われわれの研究によって、耳のもつ音源の方向知覚能力を解明する重要な手がかりが得られるのではと考えています。また、研究対象の聴覚伝導路のあるシナプスは、神経系で見られる典型的なシナプスですから、学習や記憶の仕組みのより良い理解にも貢献するだろうと考えています。ちなみに、不治の病とされている病気のほとんどは、神経系の変性によるもので、アルツハイマー病はその代表例です。神経系を構成する細胞の機能が解明されない限り、こうした難病の予防法や治療法は見つかりません。その意味で、われわれの研究は、将来大いに病気治療に貢献する可能性を秘めています」。<br /><br />ネーアーとザクマンは、細胞内に存在する単一イオンチャネルの単離と、イオンチャネルによる細胞の活動を測定する画期的な実験方法、パッチクランプ法を開発することに成功した。以後現在までにパッチクランプ法は極めて多くの細胞系に適用され、イオンチャネルによる細胞機能の調節について多くの知見をもたらしてきた。ネーアーは語る。「ゲッティンゲン・マックス・プランク研究所の私の同僚、シュテファン・ヘル氏は、光学顕微鏡の分解能を極限まで改善して、細胞をナノレベルの領域で測定することに成功しましたが、ここには極めて大きなポテンシャルが潜んでいます。パッチクランプ法の基礎が確立されたのは30年も前のことですが、この手法はこれからも盛んに利用されていくに違いありません。例えば、ミュンヘンのNanion社は、チップを使用した高性能の自動パッチクランプシステムを開発し、薬の有効成分の大量・高速の自動化スクリーニングを可能にしました。こうした技術は、新たな治療薬の開発に大きく貢献します」。<br /><br />ネーアーによると、突然変異を人為的に誘発させたイオンチャネル異常の研究も、大きな未来ポテンシャルを秘めた分野だという。「多くの遺伝病は、イオンチャネルの突然変異に起因すると考えられます。こうした細胞異常を動物モデルで再現し、そこに生じる機能障害を観察研究すれば、遺伝病発症のメカニズムを知る重要な手がかりを得られるでしょうし——、それが新しい治療法の開発につながることも期待できます。実際に、小児糖尿病の治療法はこのような方法で開発されており、他の疾病も似たようなやり方で治療することができるようになるかもしれません」。///<br />&nbsp;<br /><br />プロトコール: ヨハネス・ゲーベル<br /><br />]]></content:encoded>
			<category>Thema</category>
			<category>Forschung</category>
			<category>11-4</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 12:03:00 +0100</pubDate>
			
		</item>
		
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			<title>三者三様の活躍</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/drei-menschen-drei-geschichten-2.html</link>
			<description>ドイツのスタンダードに基づくパッシブハウスを設計する日本の女性建築家、日本人作曲家が作曲したゲームミュージックを演奏するドイツ人ピアニスト、そして、ゲーテ・インスティトゥートが先ごろ京都に開館した「ヴ...</description>
			<content:encoded><![CDATA[マルクス・ヘルニヒ<br />「芸術家の居るところに、芸術は息づく」が、京都に誕生した「ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川」のモットーである。ヴィラ鴨川は、イタリア・ローマにある「ヴィラ・マッシモ」やロサンゼルスにある「ヴィラ・オーロラ」を手本として建設され、2011年10月にオープンした。ドイツの芸術家に、日本に滞在しながら創作活動を行う機会を提供している。ヴィラ鴨川の館長を務めるのはマルクス・ヘルニヒ氏。ドイツ人芸術家の作品が一般の日本人の目に触れ、ドイツ・日本間に豊かな芸術対話が生まれるようにすることが、ヘルニヒ館長の最大の関心事である。とくに、ヴィラ鴨川奨学生の滞在期間終了間際に開催されるイベント「鴨川行動週間」は、そうした直接的な交流を促進させるのが狙いだ。毎年12人の芸術家が、それぞれ3ヶ月間ずつヴィラ鴨川に招聘される。ヘルニヒ館長は、長期的にはこの二国間のダイアログを東アジア地域にまでひろげて“マルチログ”にしたい考えである。中国と韓国の芸術家に呼びかけて、ヴィラ鴨川の対話に参加してもらうのだ。大学で中国学、ドイツ語学、歴史を学んだ館長は、24歳の若さで渡中国。2003年に上海・ゲーテ・インスティトゥートの仕事に就き、ドイツと中国の芸術家の相互交流の面倒をみるポストで活動した。///<br /><br />森みわ<br />「いつまでも子供の微笑みを忘れない」が、日本の女性建築家森みわ氏の好きな言葉だ。森氏はドイツで開発されたスタンダードに基づくパッシブハウスの設計・建設を日本で行っている。福島原発事故後の環境意識の高まりと、エネルギー価格の高騰は森氏の仕事にはプラス要因。すでにパッシブハウス2軒を完成させ、次なる省エネ建築の準備が進んでいるという。森氏は横浜国大工学部で学んだあと、ドイツ学術交流会（DAAD）奨学生として渡独。シュトゥットガルト大建設学部にて学位取得。省エネ工法が建築工学の重要な一分野であることを、森氏はドイツで徹底的に学んだ。///
ベンヤミン・ヌス<br />ゲームサウンド由来のクラシック音楽：ドイツの新進ピアニスト、ベンヤミン・ヌスは2010年、日本のゲーム音楽の大御所、植松伸夫氏の作曲した作品をピアノにアレンジして演奏したデビューアルバムを発表して、話題を集めた。この「Klassik2.0」（新世代のクラシック）には、聴衆もかなり戸惑ったようだ。「クラシックを紹介するあるコンサートで、こういう作品を演奏したところ、皆最初のうちは、いままで知られていなかった作品が発掘されたのかと不思議に思ったようです」。ベンヤミンは幼いころから、トロンボーン奏者の父親ルートヴィヒ・ヌスとピアニストの兄フーベルトの薫陶を受けた。「ゲーム・ミュージックをコンサートで演奏して、観客に“ジョークだろう！”と思われなかったかと尋ねると、ベンヤミンは、「いや、皆まじめな顔で聴いてましたよ」。///<br /><br />]]></content:encoded>
			<category>Japan</category>
			<category>J</category>
			<category>11-4</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 12:54:00 +0100</pubDate>
			
		</item>
		
		<item>
			<title>「緑の巨人」に脱皮する伝統企業</title>
			<link>http://www.magazin-deutschland.de/jp/artikel/artikelansicht/article/ein-konzern-erfindet-sich-neu.html</link>
			<description>世界屈指のテクノロジー企業シーメンスは近年、環境ポートフォリオを徹底的に拡充する戦略を進めてきた。その甲斐あって同社のグリーンテクノロジー部門はいまや活況を極め、グループ総売上高の40パーセントを占め...</description>
			<content:encoded><![CDATA[アラブ首長国連邦の砂漠地帯に建設の進む「マスダールシティ」は、完成を待たずしてすでに、省資源化を徹底させた未来都市の代名詞のようになっている。およそ200億米ドルの建設費を投じてアラビア半島で進行中のこのプロジェクトが目指すのは、世界初のカーボンニュートラル都市の建設であり、最先端グリーテクノロジーの可能性を世界に示すショーケースとなることだ。その目標達成に向けてシーメンスが大きく貢献しているのは、決して意外ではない。ミュンヘンを本拠とするこのグローバル企業は近年、息を呑むテンポで「緑の巨人」に成長し、環境テクノロジーの世界最大手の地位を手に入れた。マスダールプロジェクトで同社がおもに担当するのはスマートグリッド（インテリジェントな次世代送電網）、およびそれと連動した建物のエネルギー効率化技術である。将来マスダールシティで暮らし、働くことになる5万の人々には、シーメンスの社員も少なからず含まれるだろう。同社はこのエコ都市に、中近東代表部と建築技術コンピタンスセンターを置く予定なのだ。<br /><br />シーメンスのペーター・レッシャー社長は3年前のインタビューで、「都市化、人口構造変化、気候変動という現代のメガトレンド」に照準を合わせたビジネスの展開を宣言し、「グリーンテクノロジーの途方もない成長ポテンシャル」について語っている。そうやって打ち出された明確な方向づけは、異業種事業を多角的に手がけてきた複合企業に、戦略の集約をもたらすことになった。レッシャー社長の言葉通り、シーメンスの環境テクノロジー関連ビジネスは以後著しい成長を遂げ、予想を超えるスピードで当初目標に近づく。そして早くも2011年度には、「環境ポートフォリオによる売上が299億ユーロに上り、目標の250億ユーロを大きく上回った」ことが、レッシャー自身の口から報告された。シーメンスグループの総売上高の約40パーセントが、現在すでに環境技術によるものとなっている。同部門は引き続き高い優先順位を認められており、14年末までに400億ユーロの年間売上突破を狙う。<br /><br />これは環境にとっても大いに好ましいことである。シーメンスのテクノロジーが全世界の二酸化炭素排出量削減にどれほど資しているかを、監査法人アーンスト＆ヤングが検証したところによると、省エネランプから風力発電設備まで、多種多様なシーメンス製グリーン製品・ソリューションの活用によるCO２排出削減量は、2010年1年間だけでも2億7000万トンに上った。これは香港、ロンドン、ニューヨーク、東京、デリー、シンガポールの6都市における1年間のCO２排出量合計に相当する。11年の削減量はさらに増えて、およそ3億1700万トンとなる見通しだ。削減効果の計算対象とされているのは、02年以降世界各地で導入・設置されたシーメンスの環境技術であるが、そのスペクトルは、ロンドンを走るハイブリッドバスやターンキー方式で納入されるソーラーファーム、高効率蒸気タービンを用いた発電所から水質浄化設備、電気自動車の充電時間短縮技術、多岐にわたるグリーンビルディング技術まで、ほとんどすべてのニッチ市場を網羅するほど幅広い。<br /><br />グリーンビルディング技術の粋を集めた特筆すべきプロジェクトとしては、台湾の最高層ビル「台北101」を挙げることができる。高さ508メートルのこのタワー建築は、模範的なエネルギー効率の高さを誇り、LEED――Leadership in Energy and Environmental Designの略で、一連の厳密な基準を満たした持続可能な建築に贈られるアカデミー賞のようなもの――の最高ランクに当たるプラチナ認証を獲得している。台北101の環境性能向上に決定的に寄与したのは、シーメンスのビルディングテクノロジー部で、この高層ビルのオートメーションシステムを最適化し、建物のエネルギー効率を高めることによって、水および電力の消費量を約10パーセント削減。最終的に台北101のエネルギー消費量は、通常の高層ビルに比べて3分の1少ないレベルに抑えられた。この種のプロジェクトの成功は一般に、おびただしい細部のソリューションの積み重ねによってもたらされるもので、多数の斬新なアイデアが求められるが、日々40件近い発明が行われるといわれるシーメンスでは、これを提供する創意に満ちた従業員に事欠かない。11年度に同社で行われた発明は、前年度より10パーセント多い8,600件に上り、保有特許数は前年度の5万1300件から5万3300件に増加した。レッシャー社長はこれらの数字に勇気づけられるように、現行12年度の研究開発投資を、5億ユーロ増額して総額45億ユーロ弱に引き上げる意向を示している。シーメンスのこうした技術革新意欲は世界的に高い評価を受けており、例えば中国の有力経済誌『Global Entrepreneur』は、同社の現地研究センターを3回連続で国内最優秀研究施設に選んでいる。またシーメンスは先ごろ初めて、著名な米技術専門誌『MIT Technology Review』が発表する「世界でもっともイノベーティブな企業50社」のリスト入りも果たした。<br /><br />最後にもうひとつ代表的なシーメンスの環境技術プロジェクトとして、エーレ海峡（スウェーデン沖）のリルグルンド洋上ウインドファームの例を紹介しておこう。風力発電の潜在的可能性の大きさを見せつけたこのプロジェクトで、シーメンスは送電系を含む発電設備を一括受注し、少し前にスウェーデンの電力会社バッテンフォールに引き渡したばかりだ。マルメ市から約7キロの沖合いに長さ20メートルのコンクリート製土台を沈め、その上に設置された48基の風力タービンは、総設備容量110メガワットの世界最大級オフショアウインドファームを構成。ほぼCO2ゼロエミッションで6万世帯の小都市の電力需要を賄うことができる。化石燃料電源ミックスと比べた場合のCO2排出量削減は、年間30万トンに上る。だがこれはまだ序の口で、グリーンエネルギー業界は風力発電を非常に魅力的な未来市場と見ている。シーメンス取締役でエネルギーセクターを統括するミヒャエル・ズースによれば、「風力は世界的に急成長しているビジネス分野」であり、この需要に対応するため同社は、ハンブルクに「Wind Power Division」を新設した。ズースが担当するエネルギーセクターの受注状況は極めて良好で、現在110億ユーロ近い受注残高がある。環境技術ビジネスはまさに順風満帆であるらしい。////<br /><br />]]></content:encoded>
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			<category>Unternehmen/Branchen</category>
			<category>11-4</category>
			
			
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 12:27:00 +0100</pubDate>
			
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